渡哲也の嫁妻と子供は何人?死因は大腸ガンでストーマ?

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俳優、渡哲也さんが肺炎で亡くなられました。

享年78歳でした。

渡哲也さんといえば誰もがしる日本を代表する俳優さんでした。

日活のアクションスターとしてたくさんの映画に出演し、ドラマ「西部警察」や「大都会」でも人気を集めました。

深みと優しさ、そして男らしさが滲み出た方でした。

そんな大俳優さんの訃報にたくさんのファンが悲しんでいることでしょう。

8月10日都内の病院で亡くなられたということです。

死因は肺炎と公表されていますが、長きにわたる闘病生活とあるので以前に患われた大腸ガンや2度の心筋梗塞などがあるかと思われます。

渡哲也さんは、兵庫県淡路島の出身で昭和40年にデビュー。

日活のアクションスターとして活躍したあと、石原裕次郎さんのプロダクションに入られました。

その後、いわゆる「石原軍団」を率いるスターとして活躍されることになります。

ただ、最近では映画やドラマ、テレビでも見ることがなくなり、闘病されているという噂がありました。

2015年ごろ、胸の痛みを感じて都内の病院にいって検査を受けたと言われています。

当時「急性心筋梗塞」と診断されたと公表されています。

その後すぐに手術を受けられ、1ヶ月程度入院されましたがなかなか改善することがなかったようです。

この急性心筋梗塞になったのも2度目だったようです。

そして50歳の時には大腸ガンも患われています。

この時は早期発見と言われていましたが、ポリープを4つ摘出し、切った直腸も25cmほどもあったようです。

この手術のために、渡哲也さんはストーマ(人工肛門)をつけるという決断もされました。

同じ病に苦しむ人の励みになればと、そのことをご本人自ら公表されていました。

言葉のインパクトがとてもある、「ストーマ」「人工肛門」というもの。

大スターであり、大物俳優の渡哲也さんが自ら公表するということはかなりの覚悟が必要だったと思います。

本当に頭が下がる思いです。

なので、大腸癌、ストーマを患いながらの2015年2度目の急性心筋梗塞ということになってしまいました。

この後、自宅にて、酸素吸入器を常時必要とする療養をされていたようです。

 

 

 

この闘病には奥様の献身的な支え、看病があったと言われています。

病院に泊まり込んで看病をしたり、時には叱咤激励する姿に渡哲也さんが後に感謝していると自身で話されていました。

でありは一般人の方で石川俊子さんと言われています。

同じ青山学院大学の同級生だったそうです。

子供は息子が一人いらっしゃいます。1972年生まれなので現在47歳ということになりますね。

お父さんと同じ青山学院大学を卒業後(小学校から青山学院小学校)、芸能界には入らず大手ゼネコンの鹿島建設に就職されたということです。

今回、渡哲也さんの死去を受けて、石原プロモーションはコメントを8月14日(金)午後7時半すぎにホームページに掲載しました。

「長期にわたり病との闘いの末去る令和2年8月10日午後6時30分に肺炎のため都内の病院にて旅たちました。

ここに生前の御愛顧を深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます」

また、この中で葬儀についてはご本人の強い希望により14日、家族葬という形で執り行われたということです。

 

本当にまだ信じられません。

ご冥福を心からお祈りいたします。

 

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