菅首相(官房長官)の経歴!大学や家族!妻や息子が驚きの理由は?

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菅首相(官房長官)は、内角官房長官として8年弱もの間安倍政権を支えてきました。

そして安倍首相が辞任を表明した今、時期総理候補として有力視されています。

そんな菅首相(官房長官)はどんな政治家なのでしょうか?

2代目、3代目が多いという政治の世界において、珍しく叩き上げの人物だと言われています。

そして経歴や学歴はどうなのでしょうか?

またご家族や奥さんのことについてはあまり聞いたことがないので興味がありますよね。

妻や子供についても気になりますよね。

国民からの次期首相として期待がかかる菅首相(官房長官)の経歴、妻、子供いついて詳しく調べてみました。

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菅官房長官の経歴!大学と家族って?

菅首相(官房長官)の名前は菅義偉(すがよしひで)さん。

1948年12月6日生まれの72歳。

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第2次安倍内閣が発足して以来、内閣官房長官として、首相のもとで日本経済の再生、外交安全保障の再構築、全世代型社会保障制度の実現など、この国の未来を左右する重要な課題に取り組んでまいりました。今年に入ってからは、新型コロナウイルス感染症の拡大という、かつてない事態に直面する中で、その感染拡大と医療崩壊を防ぎ、同時に社会経済活動を再開していくという課題に、真正面から取り組んでまいりました。 こうした中で陣頭指揮を取られていた安倍首相が道半ばで退かれる事になりました。首相の無念な思いを推察いたしております。しかし、この国難にあって、政治の空白は決して許されません。一刻の猶予もありません。この危機を乗り越え、全ての国民の皆さんが安心できる生活を1日も早く取り戻すことができるために、1人の政治家として、安倍政権を支えた者として、今なすべきことは何か熟慮をしてまいりました。 そして私は、自由民主党総裁選挙に立候補する決意をいたしました。安倍総裁が、全身全霊を傾けて進めてこられた取り組みをしっかり継承し、さらに前に進めるために私の持てる力を全て尽くす覚悟であります。 私の原点について、少しだけお話をさせていただきたいと思います。雪深い秋田の農家の長男に生まれ、地元で高校まで(過ごし)卒業をいたしました。卒業後、すぐに農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出てまいりました。町工場で働き始めましたが、すぐに厳しい現実に直面し、紆余曲折を経て、2年遅れて法政大学に進みました。   一旦は民間企業に就職しましたが、世の中が見え始めたころ、もしかしたらこの国を動かしているのが政治ではないか。そうした思いに至り、縁があって、横浜選出の国会議員、小此木彦三郎先生の事務所の秘書としてたどり着きました。26歳の頃です。秘書を11年勤めたところ、偶然、横浜市議選に挑戦する機会に恵まれ、38歳で市議に当選しました。そして地方政治に携わる中で、国民の生活をさらに良くしていくためには、地方分権を進めなければならない。そういう思いの中で国政を目指し、47歳で当選させていただきました。地縁も血縁もないところからのまさにゼロからのスタートでありました。 世の中には、数多くの当たり前でないことが残っております。それを見逃さず、国民生活を豊かにし、この国がさらに力強く成長するために、いかなる改革が必要なのか求められているのか。そのことを常に考えてまいりました。 その一つの例が、洪水対策のためのダムの水量調整でした。長年、洪水対策には、国土交通省の管理する多目的ダムだけが活用され、同じダムでありながら、経済産業省が管理する電力ダムや農林水産省の管理する農業用のダムは、台風が来ても、事前放流ができませんでした。行政の縦割りの弊害をうちやぶり、台風シーズンのダム管理を国交省に一元した結果、今年からダム全体の洪水対策に使える水量が倍増しています。河川の氾濫防止に大きく役立つものと思います。 現場の声に耳を傾け、何が当たり前なのか見極めて判断をし、そして大胆に実行する。このような私の信念はこれからも揺らぎません。秋田の農家で育った私の中には、横浜市議時代も国会議員になってからも地方を大切にしたいという気持ちが脈々と流れております。活力ある地方をつくっていきたいとの思いをつねに胸に抱きながら政策を実行してきております。 第1次安倍政権では、総務相に就任をいたしました。地方から都会に出てきている人たちの多くは、生まれ育ったふるさとに、何らかの貢献をしたい。また、故郷の絆を大切にしたい。そうした思いを抱いているに違いないと考え、かねて自分の中で温めていた『ふるさと納税』というものを成立させました。 また官房長官として力強く進めてきた外国人観光客の誘致、いわゆるインバウンドの拡大や、農産品の輸出促進、こうした取り組みも、地方経済をもっと元気にしたい。その思いからであります。この思いも今後変わりません。わが国は、これまで経験をしたことのない国難に直面しております。なんとしてもコロナ感染拡大の防止と、社会経済活動の両立を図り、雇用を守り、経済の回復につなげていかなければなりません。 ポストコロナを見据えた改革を着実に進めていく必要があると思います。その上で、少子高齢化問題への対応、戦後外交の総決算をはじめとする外交、安全保障、その課題。とりわけ、拉致問題解決に向けた取り組み、そして憲法改正。こうした山積する課題にも引き続き挑戦をしていきたいと思います。そして、それらを乗り越えていくためには、今後も、国民の皆さんのご協力をお願いしなければなりません。 私自身、国の基本というのは、自助、共助、公助であると思っております。自分でできることはまず自分でやってみる、そして、地域や自治体が助け合う。その上で、政府が責任をもって対応する。 当然のことながら、このような国のあり方を目指すときには国民の皆さんから信頼をされ続ける政府でなければならないと思っております。目の前に続く道は、決して平坦ではありません。しかし安倍晋三政権が進めてきた改革の歩みを、決して止めるわけにはなりません。その決意を胸に、全力を尽くす覚悟であります。皆さま方のご理解とご協力をお願い申し上げます。

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今の政治の世界では珍しく2世でも3世でもありません。

珍しい経歴と言われています。

菅官房長官は秋田県雄勝郡秋ノ宮村という場所で生まれ育ちました。

現在の秋田県湯沢市秋ノ宮という場所です。

両親は、菅和三郎とタキさんになります。

兄弟は姉が2人と弟が1人の4人兄弟ということです。

父は満洲鉄道職員で終戦を満洲で迎え、秋田に戻り農業をはじめました。

父ややがていちご栽培を始めて後に、「秋の宮いちご」というブランド化に成功したようです。

その後は苺生産出荷組合長や、雄勝町議会議員もされた地元の名士として有名だったようです。

母のタツさんは、結婚前に教師をされていたようで教育熱心なお母さんだったようです。

結婚前は教師をしていたようです。

そのため、子供たちには教育熱心な母親だったようですね。

姉や妹も北海道大学に進み教師になったと言われています。

貧しい農家出身という話もありますが、違うような気がしますよね。

堅実で、慎ましかったかもしれませんがしっかりとした家庭だったように思います。

地元の小学校、中学校を卒業すると2時間かけて秋田県立湯沢高等学校高校へ進学されました。

ご実家の場所が、山奥だったようです。

高校3年生の時には進学クラスだったようです。

姉が北海道大学を出て教師になっっていたり、叔父や叔母が教師だったこともあり教師になるこを勧められました。

しかし菅首相は教師になるつもりがなく、集団就職で東京に行くことに決めます。

しかし東京での生活は楽なものではなく、町工場の段ボール制作会社で2年間働きました。

そしてその間に貯金をし、当時学費が一番安いという理由で法政大学法学部の二部(夜間学部)に入学します。

昼間は働き、夜は学生をするという生活をされたようです。

また大学生の時には空手部に入っていたようです。

いくつものアルバイトを掛け持ちしながら学費のために働いたそうです。

とても頼もしい青年ですよね。

大学卒業後は建電設備株式会社(現、株式会社ケーネス)で働きました。

その後政治に興味をもち、代議士の紹介で、自由民主党の小此木彦三郎衆議院議員の秘書をされました。

そこでは11年間秘書として働きました。

その後、1987年には横浜市議会議員に挑戦し当選。

38歳の時でした。

そして地方政治に関わりながら国政を目指すようになります。

1996年には自民党から衆議院議員となりました。

47歳の時でした。

国政に進出してからは、しっかりと確実に出世をしてきたといえます。

総務副大臣、総務大臣、そして内閣官房長官と確実に階段を上がってきたといえますね。

最近では、2世議員が普通になっている中ではとても珍しい経歴の持ち主と言われています。

「地盤、派閥、学閥」が政治家にとっては必要と言われる中で、菅首相は何もなかったのです。

たたき上げの政治家とうことになりますね。

菅首相の座右の銘は「意志あれば道あり」。

まさに菅首相のここまでの道のりを表してるようですね。

それだけに、世間からの評判も期待も大きいといえますね。

今後が楽しみです。

菅首相(官房長官)の妻と息子が驚きの理由!

妻は、奥ゆかしい人と言われています。

表立って出られないため、あまり写真などが出てこないようです。

妻は、真理子さんといいます。

年齢は現在67歳ということです。

菅首長より5歳年下ということですね。

出会いの経緯は、菅義偉さんが小此木彦三郎衆議院議員の秘書時代のことです。

小此木彦三郎衆議院議員の自宅に花嫁修行の一つとして行儀見習いとして滞在してたのです。

そこで出会ったようです。

当時は政治家や有名人の家に結婚前の女性が住み込みで行儀見習いをするという風習があったようです。

同僚から同僚のお姉さんを紹介してもらったのです。

菅首相は会った瞬間から結婚すると感じたそうです。

そして結婚されます。

3人の男の子を授かりました。

その頃夫の菅首相は横浜市議会議員に立候補した時で、幼い子が3人いる中での選挙というのは不安だったと思います。

しかし、政治家として成功すると信じて真理子さんは支え続けたということです。

控えめながらもしっかりとした方というのがわかりますよね。

菅首相が国会議員になってからは港区赤坂の議員宿舎で生活するようになったようです。

真理子さんは横浜の自宅から通っては身の回りのお世話もされていたようです。

真理子さんの画像や、映像がほとんどないところをみても、影でしっかりと控えめに支える方だということがわかりますね。

前首相の夫人とは正反対な気がします。

そして3人の息子たちについても、調べてみましたが画像や名前などはよくわかりませんでした。

3人とも優秀なようで、菅首相も教育熱心だということはわかっています。

長男は東大を卒業されているようです。

現在は菅首相の秘書をされているようです。

息子はもしかしたら将来2世議員となるのかもしれませんね。

父が首相となれば、息子たちも、真理子さんもすごく多忙になるかと思います。

また残り2人の息子のどちらかは、大成建設で働いているようです。

大成建設といえば大手ゼネコンですね。

以上、菅首相(官房長官)の経歴や学歴、妻、息子について調べてみました。

 

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